いつも乱雑に散らかされているカミュの部屋は、汚くはあったが、別人のもののように片付けられていた。氷河はすべての窓を開け放ってゆく。薔薇色の朝日が部屋へ差し込み、整頓された部屋を一層見慣れぬものへと変える。よく晴れて乾いた風が、こもった空気を吹き流していく。
「これ、おまえがやったの?」
「いえ、初めて来たから。思ったより片付いてるな」
カミュが自分で片付けたとしたら、それはこういう仕儀に至るということを知っていたからに違いなく。俺はやるかたなく、壁際に積まれていた本を、壁へ寄せるように足で押した。いつもは気が回らなくて、やることもどっちか言うと不器用で、そのくせにこんなときだけきれいに始末をつけやがって。
氷河は所在なげにあたりを見回し、答えられない質問をぶつけられた出来の悪い子のように俺を見た。
「俺やっぱ帰るわ」
言うなり、俺はドアを出た。氷河が何か言ったようだったが、俺は森を抜ける道を、そのまま港の方角へと駆け下った。
港のそばには、俺たちのコミュニティとは違う「普通の」人々の町がある。ごく小さな町だが、メイン・ストリートには色々な店があり、たいていのものはここで揃えることができた。その中にある目立たない酒場の二階の女と、俺は親しくしていた。
俺よりいくつか年かさの、落ち着いた控えめな女だ。俺は自分が誰で、どういうことをしている人間か、言ったことはなかった。彼女の部屋にいる間、そういうことは不要なことだったからだ。久しぶりね、と彼女が微笑んだ。濃く塗ったまつげ。色をのせた目許の、崩れかけた化粧を、俺はきれいだと思った。
「なんだか今日は優しいのね」
「そう?いつもだろ?」
「いつもと違う」
あなたなにか変わったわ、と頬をさする指。そうかもしれないな。と俺は思った。
夜が明ける前に彼女の部屋を出た。早朝の通りには誰も居ない。犬がゆっくりと横切っていく。パンを焼く匂い、朝食を煮炊きする匂いが通りを満たしている。俺は空腹だった。森の中を自分の家へ歩きながら、空を見上げた。明るみかけた空には、秋の星座が輝きはじめていた。