3

 眠りに落ちるように、世界は夜へと滑り落ちた。俺は蝋燭を灯した。
 俺は天火で焼いた肉と野菜を皿に盛って卓上に置いた。ぶどう酒とパン、芥子とサワー・クリームの小さな瓶、皿とナイフとフォーク、ナプキン。呼ぶと、氷河は従順に食卓に着いた。
 切り分けた肉を一口食べた氷河は、グラスを持ち上げかけて、また置いた。
「うまいよ」
 俺は軽く肩を持ち上げた。
「だろうな。俺は料理も上手いんだ」
「肉焼くくらい誰でも出来るよ」
「おまえの師匠は出来なかったぜ。一日何を考えてた」
「いろいろさ」

「カミュの料理は下手だったな」
「俺たちは彼の手料理で育ったんですよ!」
「道理で味音痴」
「スープは旨かった」
「当たり前だろ。俺が教えたんだ」
「祖母さんに習ったって言ってた」
「俺は祖母さんじゃない」

 カミュの料理は、誰でも出来るような簡単な料理はとびきり旨かったが、ちょっと熟練が必要になるような料理ではからきしまずかった。たとえば、彼のベーコン・エッグはこの世のものとは思えないくらい旨いが、ロースト・ビーフは食えたものじゃなかった。実際焦げていたり、味がほとんどついていなかったり、食えないことがままあった。
 たいてい大騒ぎになり、俺はカミュの料理の腕をなじり、カミュは開き直って怒鳴り返す。いいんだ聖闘士には料理なんて必要ない焦げてても食えないわけじゃない!そんなカミュの様子がおかしくなって俺が笑うと、カミュもきまり悪そうに笑う。そして俺とカミュは酔っ払い、出来損ないのディナーをつつきながら、まずいと言っては笑い転げた。
 そういうことを思い出して、俺は目を閉じた。カミュがすぐ傍にいる気がした。
 氷河はソファに移動して、ぼんやりと天井を眺めている。
「うちに来ても、あなたは皿を洗ってたね」
「俺を下男みたいに言うんじゃねえよ」
 氷河が「うち」と言うときは、彼が修行したシベリアの家のことを指す。俺は時々カミュを訪ねて行った。この世の果てのような氷雪の渓谷の中に一つ隠れた家は、確かに彼らのスウィート・ホームだった。カミュはそこで確かに何かを見つけたのだろう。このまま死んでもいい、と思わせるような、何かを。

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