俺はがむしゃらに泳ぎ、軽い疲労を覚えて浜へ戻ってきた。午後を半ば過ぎた太陽は、油のような色合いでぬらぬらとあたりに降り注いでいた。カミュはその中に座り込み、脛や腕の砂を無心に払い落としていた。俺はもう彼に話し掛けることはせず、黙って水を飲んだ。
「アイオリア」
カミュは膝を抱えるように座っていた。まっすぐこっちを見ていたので、俺と目が合う。
「何か訊きたそうにしているな」
「訊きたいことなんてないよ」
少し怒ったような口調になってしまった。乱暴に水を飲み干す。
「今日のおまえはとてもよそよそしいから、怒ってるのかと思って」
「なんで。怒ることなんか」
「聞いたんだろ?わたしがミロを寝たことを」
俺は思わず顔をそむけた。
長い沈黙があった。
胸がむかつく。俺は口を開いた。
「なんであんなことしたんだよ」
「あんなことって」
「だから。男と、っつかミロと」
「寝たかったから」
思わず顔を上げた。カミュはいつものように、少し退屈したような無表情で俺を見ていた。それは相変わらず人間臭さのない、人形か何かのような整った顔だった。
ミロは俺とカミュと同い年で、やはり仲間の一人だった。
ゆるく波打つ明るい金髪に、今日の海みたいな緑青のきれいな瞳。長いまつげとかたちよい唇が、悪魔のように整った美しい顔をすごく淫蕩に見せる。仲間の誰と変わることなく鍛え抜かれた体は、それでいて肉感的なラインを描くのだった。彼はすごく女にもてた――多分、男にも。ミロは、自身が性的な魅力に溢れていることを充分に知っていて、その割には、性的な事柄についてあっけからんとしていた。「だって俺に落とせない奴なんかいないし」衒いや自慢ではなくて、ミロはよくそう言った。髪の色でも話すような口調で。
俺とミロは幼馴染で、いつも揃って馬鹿ばかりやっていた。しょうもないいたずらや、初めて売春宿に行ったときも彼と一緒だったし、でもカミュはそういうのとは違うと思ってた。三人で遊んだりふざけたりしたけど、カミュは俺たちとは違うと思ってた。
「男とやるなんて、どうかしてると自分でも思ったさ。でも、ミロと寝ずに終わることを考えたとき、それは間違っていると思った」
「なんでそうなるのか俺にはわからんよ」
「単純に考えてみればいい。ミロとやることを考えて、その後やらないことを考える。すると答えが見える」
半ば砂に埋もれた自分のくるぶしのあたりに目を落としながら、俺はそのことを考えた。けれど、相手の顔はミロじゃなかった。俺は、彼を抱きたいということを素直に理解した。
「けど、俺はそう簡単にことは運べないよ。いろんなことを考えすぎてしまうんだ」
「そいつを手に入れられなかったとき、自分が後悔することが目に見えるんだ。もしだめだったとしても、手に入れようとして努力さえしなかったら、すごく後悔するだろう」
「誰かを傷つけてしまうことだってあるだろ?」
「そういうことを恐れるうちは、おまえの愛はそれほど強くないということだろう」
「・・・そうなのかな」
「そうなんじゃないかな」
「そういうもんかな」
カミュは返事の替わりに、俺の手を握った。それはとても親愛の情がこもった握手で、俺はとてもうれしい気持ちがしたけれど、同時に、自分がどう振舞うべきか、どう感じるべきか、よくわからなくなった。
やがて、カミュと俺は立ち上がり、帰る支度をはじめた。その頃、俺たちはまだ若く、何もわかっていなかった。お互いの気持ちや自分の気持ちさえ。
end
2004/02/20