その日、俺とカミュは、崖下にある小さな砂浜へ泳ぎにきていた。足場のほとんどない垂直な崖を下っていくしか道はないので、ここへ来るのは崖上にすむ俺たちの仲間だけだった。中には泳がない奴もいるから、実際ここへ来るのはほんの4、5人にすぎなかった。
苛烈に照りつける地中海の太陽を避け、カミュは崖のそばの影に寝そべっている。俺はひとしきり泳いで、休憩するために彼のそばに座った。ビンに入った水を飲む。
カミュは頭を岩にもたせて、すらりと伸びた手足を砂の上に伸ばしていた。足先が影から出て、日光に焼かれているのを見ながらつま先を軽く動かしている。水に濡れて乱れた赤い髪、すっと通った高い鼻梁が覗いている。俺と歳は変わらないはずなのに、どことなく少年の未熟さを思わせる優美さを残した裸体、繰り返し贅沢に日の光を浴びた黄金色の肌。全身に砂がはりついて、動くたびにきらきらと光った。
「泳がないのか?」
カミュは、うん、とかあいまいな返事をした。こっちに指を伸ばす。俺は飲んでいた水のビンを渡した。
少し深いところまで潜って、浜へ戻ってくると、カミュは体を起こしてあぐらをかいていた。落ちていたらしい棒切れで意味のない模様を繰り返しなぞっている。俺が海から上がってくると、顔を上げてこっちを見た。
「退屈か?」
いや、とカミュは首を振る。そのまま視線を落とし、足先で砂の上の模様を消して、新しい模様を描き始めた。俺はそれを見るともなく眺め、新しいビンのふたをひねる。新鮮な水が舌に甘い。
「何を描いてるんだ?」
さあ。ため息のような軽い返事。付き合いきれん、と俺は立ち上がり、緑青の海へと飛び込んだ。
浅い水底で、美しい彩りの小さな魚の群れを見た。淡いエメラルドの色の海水が、見る限り続いている。水銀でできた天井のような海面を眺めながら、俺は仰向いて水中に体を伸ばした。空気を少しずつ吐いていきながら、それが踊るように跳ねるのを見る。白いほど圧倒的な光源がその向こうに輝いている。息を全部吐いてしまって、苦しくてどうしようもなくなるまで、俺はそのままじっとしている。
苦しくなると、魚のように体をくねらせて、勢いをつけて水面まで戻る。海面から顔を出して激しく息を吸うと、肺がずきんと痛んだ。
浜を眺め、俺はだいぶ沖へ流されていることに気づいた。カミュらしい人影は見えるが、何をしているのかまでは判らないほど遠かった。俺は水面に身を躍らせると、浜のほうへ泳ぎ始めた。
眩しそうに顔を歪め、カミュは日向に寝転んでいた。
「何してんだ?」
日光浴、かな、と言う。例によって要領を得ない喋り方だ。
「泳げばいいのに」
カミュの目が一瞬開いて、俺のほうを見た。瞳に強い日が射し込んで、それはほとんど真紅に見えた。さっき泳いだ。と言う言葉の通り、髪や肌は濡れているようでもあった。
「火傷しないのか?」
カミュはうつぶせになると、揶揄するような口調で、おまえは太陽で火傷したことがあるのか?と訊いてきた。
「俺はないよ。でもおまえは何か火傷しそうな感じがするから」
立っているのも熱い砂の上に寝転びながら夏の日中の太陽に焼かれるなど、普通なら平気なはずはないが、俺やカミュや仲間たちは普通の人間ではなかった。俺たちの体は人間たちよりずっと強靭にできていたし、ありえない力を発揮することもできるのだった。かといって人間でないわけでもなくて、精神的には普通の人間と変わるところはない。
けど、カミュはなんとなく、精神的にも俺や普通の人間とは全然違うんじゃないかな、と。昨日までは思っていた。なぜならカミュは、小さいときから誰とも違って天才って言われてたし、俺たちが洗礼を受けていた頃にはすでに、後継の弟子を育てていたし。いつでも冷静な感じで何か考えているみたいだし。正直に言うと、俺はカミュが何を考えているのか、まったく想像もつかなかった。