spoonful

 カミュはソファの上に身体を広げた男の腰にまたがって、彼と口唇を重ねながら腰をうねらせていた。男ははカミュの身体を撫で上げながら、陶然とうめき声を上げている。
 カミュと俺はお互いにそれぞれの部屋を自由に出入りする。そういうわけで、カミュが誰かとヤってる場面なんて何度も見てるので、あまり気にも留めずに俺は、貸していた本を探して部屋を見回した。果たして、ベッドの横のテーブルの上にあった。
 男の声に聞き覚えがある気がして、俺は男の顔を見た。シュラだ。俺とカミュの家の間に住む、山羊座の男。カミュの奴、ついにシュラにまで手を出したか。スペイン系の男の事を、カミュは前から気にしているそぶりだった。俺がじろじろ見ていると、カミュが耐えかねて俺のほうを睨んだ。さっさと出て行け!目が言っている。せっかく手に入れた獲物が気を散らすだろうが。
 こんな平和な美しい安息日の午後に、なんて痴態を晒しているんだおまえらは。俺は思ったが、黙って部屋を立ち去った。

 夕方になって、カミュはふらりと俺の部屋に現れた。
「なんか食べるものある?」
 おまえに食わせるものなどない、と言いたかったが、カミュがオーブンの中に焼いた肉を見つけるほうが早かった。
 焼いた鶏肉をかじりながらビールを飲み酔っ払うと、俺たちは抱き合った。お互いの熱い肌を感じながら、俺たちは目を閉じる。
「シュラは良かったんだろ」
 うん、すごく、とカミュは喘ぐように答える。でもおまえのほうがいいよ、と片言みたいな言い方で付け加える。俺は黙ってレバーにパンチを加えた。いてえと呻く。カミュは昨日の夜からずっと、少なくとも午後の三時までシュラと一緒に居たわけで。それで「おまえのほうが」などと言われたからって、さすがに俺も悦に入ったりはしない。
 カミュが俺を組み敷いて身体を舐める。カミュの舌はすごく気持ちいい。乳首に絡みつき、首筋を撫で上げ、俺は一瞬意識が飛ぶ。四つんばいになったカミュの太腿を撫で上げ、肛門の付近を触れた。だめ、とカミュがうわごとのように言う。指を入れると、そこはまだ情交の後で濡れている。
「うわ、まだドロドロだよおまえ。最低」
 カミュは柄にもなく頬を染め、俺の口を塞ぐ。掌で俺の口を塞ぎながら、もう一つの手で俺のアナルを探ってくる。
「おい、」
 ワセリンを突っ込んだだけの、慣らしのない挿入に俺は悲鳴を上げそうになる。掌が、口唇へと役割を交代する。カミュは俺の口唇を塞ぎながら、舌で中を掻き回す。俺は気が変になりそうだ。痛いのか、気持ちいいのか。大きくなったカミュのペニスが俺の肛門を支配する。熱い痛みを俺は噛みしめる。
「…ッ」
 カミュは俺への当てつけのように、ひどく下手くそに俺を突き上げる。判ってるくせに。それから唐突に動きを止める。
「ごめん、痛い?」
「痛いに決まってるだろ馬鹿」
「…」
「優しくしてよ」
 俺はカミュの身体を知っている。どこをどう、いつどんなふうに突けばいいか。同様にカミュも俺の身体を知っている。丁寧にやれ、と言っても、こんなときのカミュは決まって俺を我儘に抱く。
「痛いよ」
「イきそ…」
「最低だな」
「ミロ…!あ…、ん…!」
 射精の瞬間のカミュが、俺はすごくいとおしい。子供みたいだ。俺は痛みを感じてるのに。こんなに感極まったふうに泣き顔みたいな表情をしてみせるなんて。ずるいじゃないか。
 カミュは俺に入れたまま、俺の身体を抱き、鼻梁を寄せてくる。小さな声で、怒らないのか、と言う。俺は正直そんなことどうでも良かったが、もう怒ってるよと答えた。カミュはひじをつき、俺の目を見た。光線の加減で茶色の瞳が金色に光る。通った鼻梁に、汗に濡れた赤い髪が落ちかかる。重要な告白でもするようにカミュは言う。
「わたしを殴れよ」
 俺は疲れていた。なんで夜中にこいつと殴り合いをしなくちゃならないんだ。明日な、と言って俺は目を閉じた。シャワーを浴びたかったが、寝たふりをすることにした。

 なんで、と聞こえて、俺は反射的に目を薄く開けた。ほんとに寝てしまっていたらしい。
 なんで怒らなかったんだ。俺はカミュの、pourquoiと発音する言い方が好きだ。ちょっと舌足らずでかわいい。カミュがどんなに本気で怒ってたとしても、どんなに冷静に理論武装して俺に詰め寄ってきてたとしても、「どうして」はちょっと舌足らずなのだ。ブチ切れた顔でそんな言い方されても、と俺はいつもこっそり笑ってしまう。
 俺は目を閉じて、カミュへ指を伸ばした。
「俺が今まで怒ったことがあったか?」
 指が髪に触れる。我儘なそいつの髪を撫でてやる。
「じゃあ今からシュラの家に行くぞ」
「だめだ」
「どうして」
 ほらまた。
「おまえを愛してるからだよ」
 浮気されても、レイプみたいにされても、「どうして」さえまともに喋れなくても、素直に好きと言えなくても、おまえを愛してるからだよ。と、までは言わなかった。
「だから俺にごめんて言えよ」
 ごめん。愛してる。カミュはやっとその台詞が言えてほっとした、とでもいうように、俺の上に頭を乗せて眠りについたようだった。
 俺は明日の朝の鍛錬で、こいつを本気でボコボコに殴ってやることを心に決め、ライトを消し目を閉じた。

end
2008/03/07

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