ベッドの上に贈り物を広げて、その中にあぐらをかいたカミュは、次々とリボンをほどき、包み紙を破っていく。俺と同じく友人なんて片手で足るほどしかいないカミュには、形式的な贈り物ばかりだ。置物とかこういうのは、ほんといらねえな、低く喉を鳴らすようにカミュは小さくつぶやく。せめて食い物か酒にしてほしいよ。俺は放り投げられたメッセージカードをいくつか拾って眺めていた。カミュの誕生日を寿ぐ文面の数々、美辞麗句が並んでいるが、いずれも判で押したようで、いつか俺の誕生日にも送られてきていたものと同じようだった。
聖域では、誕生日というのはとても重要なものだ。小さい頃、俺は蠍座に生まれたから蠍座の聖闘士になったんだ、と思っていたが、実際はそんな無邪気なものじゃない。女神神殿の奥深くに、星見と呼ばれる占星術師たちがいて、彼らの作った星図や西洋占星術に似たホロスコープに基づいて、子供たちがさらわれてくる。オリオン座とかカラス座とかなら、対象者を示すホロスコープも空白が多く、惑星の数も少ないが、黄道十二宮となると、ホロスコープはとても精密になる。勢い、その配置図をもって生まれる子供はかなり限定される。だから、黄金聖闘士には、選抜の儀式がないのですよ。この子がスコーピオン、ともう決まっているのですから。あとは、その過酷な運命を生き抜くだけなのです、天蠍宮様。いつか星見に言われた言葉を、俺は忘れることができない。その過酷な運命を。女神だけを背に負い、人の屍と血の海と、涙すらなく、手向ける花や墓碑すらない荒野の道を。
お、これはいいぞ、儀典長の奴、気が利いている。紙を遠慮なく破る音で、俺は我に返った。
「ミロ」
命じ慣れた口調の、カミュの声。
俺は物思いを止めた。今日はカミュの誕生日だ、それを素直に祝うことにしよう。彼が俺と同じ黄金聖闘士で、同じ荒野を歩く宿命だとしても。
カミュは接吻を乞う仕草のように、口唇をついと上げている。半ば開いた口唇の間には、つややかな光沢を放つ黒褐色のチョコレート。カミュの歯で柔く挟まれたそれのほんの角を俺は少しかじった。甘く苦く、香り高い。へえ、うまいもんだな。舌先に余韻を味わっていると、カミュが不興そうに小さく唸った。
違う、そうじゃない。
傍らの平たい箱から、別の一粒を摘むと、食うなよ、と言いながらカミュは俺の口唇の間にそれを押し込んだ。俺の首に腕を回し、カミュは言う。
「チョコレートはこうやって食うんだ」
カミュと俺の口唇の間で、チョコレートは緩慢に溶けていく。俺に深く口づけたまま、カミュの舌がそれをゆっくりと舐めている。歯の間の柔らかなものを舌で触れてみる。滑らかな舌触り、とろりとぬめって、中身のガナッシュのブランデーの風味が鼻へ抜ける。俺の舌と、カミュの舌が触れ、やがて絡まる。甘く、苦く、濃い味の名残を俺たちは共有する。
そして、これを飲むとすごくいい。テーブルに手を伸ばして、グラスを取る。カミュの好きな銘柄のウィスキーだ。一口飲んで、俺に差し出す。チョコレートを食べながらこれを飲むのが好きなんだ。強いアルコールが俺の舌や喉を灼きながら胃へ落ちていく。後に残ったチョコレートと酒の香りは、悪くはなかった。
「もう一つ、どうだ?」
一撃で誰かを殴り倒せるくせに、ピアニストみたいにすんなりと長い指で、無造作に一つ口に放り込み、カミュは宝石箱のようにきれいに仕切られた紙箱を覗き込んで、次の一粒を物色している。
「チョコレートはもういい」
「じゃあ飲むか」
「酒もいいよ」
カミュはちょっとしらけたような顔をして俺の目を見た。この皮肉屋が余計な次の一言を洩らす前に、俺は彼の口をふさぐ必要があった。
「さっさとメイン・ディッシュと行こうぜ。今のがデザートってわけでもないんだろ」
トパーズの色をしたカミュの瞳の中に、欲情といたずらっぽい笑みがきらめく。そのくせ口先では、せっかちだな、などとぼやいている。
俺は裾からシャツをまくって脱いだ。カミュは水のグラスを一息に飲み、テーブルに戻す。口唇の端からこぼれる水のしずくをぬぐう掌、俺の裸体を眺める、欲望でぎらついた目が俺は好きだ。いつも何か別のこと、たとえば弟子のこととか、世界平和とか宇宙の仕組みとか、わけのわからないことばかり考えているカミュだが、こういうときは俺の庭に迷い込んできたようなものだ。俺は彼を、俺の食卓に案内してやる。カミュは腹を空かせて、食卓に着く。俺が得意の料理の腕を振るうのを、目を輝かせて眺めている。
俺たちは腕を絡め、抱き合ってベッドに倒れ込んだ。
あとは特別話すことではない。
end
2012/01/30