マルボロ

 ミロは中庭のいつもの椅子に座って、煙草を吸っている。その年の夏はひどく暑かった。濃緑の葉陰はそよとも動かず、燻らされる煙がじっとわだかまっては中空へ昇っていった。
 ミロは右ひじに体重を預け、指は口許で煙草を支えて微動だにしない。ローライズのジーンズの腰骨に、刺青が覗く。青みを帯びた黒い蠍が攻撃的に尾針をもたげている図案だ。その中に赤で抽象的な文様が描かれている。汗ばんだ裸の上半身が、中庭の淡い陰影の中で静かな呼吸のたびにかすかな光を弾く。長くのばした明るい金の髪が、引き締まった美しい裸体をふちどるように覆っていた。ひどく整いすぎているために、不機嫌そうに見える顔。淫蕩な美貌だ。塞がれた長いまつげがゆっくりと開き、俺を見た。
「やるか?」
 最初、俺は煙草のことかと思った。

 暑さのせいで、頭がおかしくなっていたんだろう。その日の午後、俺は幼馴染で親友の男を抱いていた。
 俺はその日まで、ミロを性愛の対象として見たことがなかった。彼が色んな人間からそういう対象として愛されていることは知っていたが、まさか自分がその中の一人となるなんて思いもしなかった。
 俺は今まで女としか寝たことはなかった。男と寝ようと思ったことなんて一度もなかった。いや、一度だけ、男と寝ることを考えた。けれどそれはとても実現不可能なことで、俺はそのことを忘れるようにいつも努めていたのだ。
 ミロは昔から、たくさんの人間から性的に求められてきた。それで彼はある程度、他人に絶望しているのだと思う。親しい人間には忠実だが、それ以外の他人に対する彼の態度はとてもおざなりでひどいものだし、友達と呼べる人間は俺を含めてほんの数人しかいない。その数人のうちの一人を、ミロは愛していた。俺がたった一度だけ抱きたいと思った男が、ミロの最愛の男というわけだ。それで俺は、その気の迷いをなかったことにした。

 俺とミロは同じ銘柄の煙草を吸っていた。どこでも手に入るアメリカ煙草だ。ミロの寝室には、それとは違う種類の、きつい匂いがかすかに残っていた。赤い髪のあの男が、フランスの両切り煙草を燻らせながらこの部屋でシーツにくるまっていたのだろう。
 ミロはほとんど声を立てずに達すると、体を起こし、さっきと同じ格好で壁にもたれると、煙草に火をつけた。マルボロを吸いながら、わずかにゴロワーズの匂いをまつわせている彼を、俺は少し憎んだ。

end
2004/02/22

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