ミロはどこにいても人目を引く男だ。子供の頃からそうだった。
無造作に伸ばした金の髪も、引き締まった男盛りの身体も、すらりと伸びた手足も、整いすぎて淫らにさえ見える顔立ちも。不思議なアンバランスがあって、全体としては男っぽい色気を醸し出している。暗く陰険に光る青い目と、無愛想な表情がそれらを律する。
普段のミロはとてもゆっくりと動作する。わたしは知っている、彼がどんな力で拳を繰り出すか、どんな速さで倒すべき者の間を駆け抜けるか。
闘わないときのミロは、闘うミロの完璧な裏返しのように振舞う。ささいなことで女みたいに怒ったり喚いたりするし、臓腑を貫くような辛辣な皮肉を言い出したりする。わたしはときどきうんざりする。戦闘しているときのミロは、もっと男らしくさっぱりした奴なのに。共通するのは、遠い国の優雅な舞踏のような身のこなしだけだ。
その優雅な動作で、ミロは身体にこびりついた雪を払い落とした。わたしは彼をドアの向こうへ押しやり、外に通じるドアの内側で、残りの雪を払った。石張りのホールで雪は落とすように。何度言ってもこの男は覚えない。弟子たち以下だ。
「おまえにそんなふうにされるのが好きなんだよ」
口の端でミロが笑う。世話されてるみたいだから。
「世話ならもっと違うのをやってやる。だから雪は家の中で落とすな」
ミロの指がわたしの口唇に触れる。口角から指を差し入れ、口唇を重ねる。ミロは冷え切っている。指も、口唇も、鼻も、…おや、舌まで冷たい。居間からの明かりでほのかに相手の表情がわかる程度の、ホールの暗がりでわたしたちは抱き合う。口唇を絡め、コートの下の身体を抱きすくめる。互いの露骨な興奮を感じ、服の上から全身を愛撫しあう。わたしは空いた手で、玄関のドアに鍵を掛ける。
「誰も来ないよこんな僻地」
「気分だよ」
わたしは笑ってみせる。が、かなり余裕はなかった。久々に触れるミロの身体は、わたしをすごい速度で追いたてていた。わたしはミロを引きずるようにしてベッドへ行った。ドアを閉め、癖のように、半ば無意識に鍵を掛ける。
「一人で住んでるんだろ?鍵なんか」
ミロは相変わらずゆっくりとした動きでコートを脱ぐ。わたしは焦れて、引っぺがすように彼の服を脱がせる。
「もっと優しく世話してくれたらいいのに」
ミロはため息をつきながら、わたしをベッドに突き倒す。傲慢で緩やかな動作の愛撫、時々強くミロは口唇で噛みあとをつける。それはとても心地いい。彼が絶頂に達するとき、わたしの肩を激しく強く掴む。後で見ると、時々薄く跡になっている。それもわたしは好きだ。
こっちも、とミロが切羽詰ったような声で言う。濡らされた指がわたしの身体に入る。反射的に身体が震える。おまえの全部を愛したい、今日は、だから、荒い息で切れ切れになるミロの声。おまえの声でそんなことを言われて、抗える者などいるもんか。硬い高ぶりがわたしの腿に当たっていた。わたしはミロに向かって脚を開き、おまえが欲しいと言った。わたしたちは先を急ぎすぎ、互いにすぐ果てた。
ミロは目をつぶって、ベッドに横になっている。
「しばらく居るのか?」
期待に満ちた声に聞こえないように、わたしは精一杯努力しながら言った。うん、とミロがまた間延びしたような返事をする。そうか、とわたしは嬉しさで飛び起きそうになる自分を抑えて、そっけなく答えた。
「嬉しくないの」
ミロが肘を突いて、肩越しにわたしを見る。明るい色の繊細な金髪、ゆるくうねって彼の身体を飾る。長い睫毛にふちどられた空色の瞳。ほんとにおまえはきれいな男だな。と言う代わりに、
「嬉しいよ」
と、わたしは言った。
「全然嬉しそうじゃない。おまえはひどい男だ」
ミロは恨み言を呟きながら、わたしにまた絡みついてくる。彼の腕がわたしの肩を抱き、掌が頬を這う。彼の熱、確かな重さがわたしに触れる。
「どうしてシベリアにいるんだ。聖域に帰ってくればいい」
最後の弟子は独り立ちし、わたしがここにいる必要はなかった。どちらかというと、聖域で自分の預かる宮を守るのが本分であり、そうすればミロがこうして何万キロも旅して会いに来る必要もない。やっと弟子を一人育て上げて、わたしは教師を廃業し、元の暇人に戻る。
「ヴァカンスなんだ」
随分と時期外れのヴァカンスだな、とミロは言う。
もうだいぶ長い間、わたしは子供たちから先生と呼ばれて暮らしてきた。子供たちはどんどん死んだ。ここは寒すぎるし、人の住む村からも離れているから、原始時代みたいな暮らしをしなくてはならなかったからだ。病気をしても怪我をしても、すぐ命取りになる。獣みたいに勘の鋭い、やたら丈夫な子供だけが二人生き残った。一人は何年か前に海に流されてしまっていたから、もう一人の子供もわたしもやけくそでこの生活を突っ走った。
その生活が、ついこの間、終わったのだ。最後の一人は幸運にも栄誉を掴み取った。
わたしはベッドの中でミロを抱きしめた。
「おまえが来てくれて、よかった」
ミロはわたしを抱きしめ返す。
「帰ってくればいい。俺たちは一緒にいるべきだ」
確かにそうだ。確かにそうだが。
「聖域に戻るのが、わたしはいやだ」
少しの沈黙の後、だろうな、とミロは言った。聖域には自由がない。教皇がいて、下僕がいて、することは何もない。無駄に力を磨くだけだ。黄金聖闘士様は強く、公正で、立派でなくてはならない。確かにわたしは強い。だがわたしはこんなにつまらない人間で、弟子がいない今、欲しいものといったらミロだけなのだ。
「もう少しここに居させてくれ」
「俺は何も強制しないよ」
真っ白なテーブルクロスの上に、二人分の皿。蝋燭の炎が柔らかに影をゆらめかせる。
大きなオーブン・ディッシュには熱いポトフ。冷えたワイン、パンの香ばしい小麦の香り、芥子と胡椒、塩。暖炉の燃え盛る火、薪が軽快な音を立てる。わたしは布巾を手に、白磁のチューリンのふたを取った。湯気が立ち上る。透き通った熱いスープを供する。わたしたちはそれぞれ指を組み俯くと、日々の糧に感謝して、食前の祈りを捧げた。
それから何日か、わたしたちは一緒に過ごした。極寒の、東の果ての、氷雪の果ての、幾重にも壁に囲まれた小さな家、幾つもの鍵に鎖されて。ミロとわたしはこの世に二人きりで、なにものからも守られていた。
end
2009/03/22