かみなり

 雨が降り出したと思ったら、すごい土砂降りになった。
「すげえな。スコールみたいだ」
 ミロはタオルで髪を拭きながら、窓の外を覗き下ろしている。
 大戦の後、城戸邸で療養していたカミュの見舞いがてら、俺は城戸嬢に招かれてはるばる日本へとやってきた。カミュが運ばれてきてからミロはずっと日本にいた。俺は彼らの案内で夏の京都の街を歩いた。何週間か早ければ祭りが見られたんだが、とカミュが大して残念でもなさそうに言っていたが、俺にとっては充分エキゾチックな観光だった。
 すごく上等でモダンなホテルの、小ぶりなスイートを三人それぞれに取ってくれた城戸嬢には申し訳ないが、ミロも俺も正直落ち着かなかった。例外はカミュで、ホテルの至れり尽せりのサービスにも、最上級の設備にも、全く動じることなくそれを堪能している。それで、何となく観光を仕切るのもカミュの役割になった。
 雨は降り続いているが、カミュは夕食を外で取ろうと言った。俺たちは反対した。雨に濡れるのもいやだったし、知らない土地で三日目の疲れもあったからだ。カミュはつまらなそうな顔をして、じゃあわたし一人で食べてくる、と言って出て行った。
 俺たちは交代でシャワーを浴び、カミュの部屋でそのままルーム・サービスを頼み、夕食にした。

「どこ行ったんだろな」
 ミロはまだ窓の外が気になる様子だ。三時間経ったが、カミュはまだ帰らない。雨はまだものすごい勢いで降り続いている。
「俺はもう寝るよ」
 程よい酔いが回ってきて、俺はあくびをした。ソファを立とうとする俺の腕をミロが掴む。
「ここで寝ろよ」
 ミロの声も酔いがらみだ。俺は苦笑して、ミロのほうをソファに寝せようとした。クッションを取り、彼の頭の下に押し込んでやる、ミロの腕が俺の首に回った。アルコールの味のする舌が、俺の口唇をふさいだ。
「酔っ払い」
 俺はミロの腕を外そうとするが、妙な軟体動物みたいな動きで、ミロは俺から離れようとしなかった。まあ座れよ、とソファに突き倒される。そのまま俺の腰の上に乗ってくる。腕は俺の首を抱いたままで、濡れた口唇がまた絡みついてくる。長い睫毛、酔った色の青い瞳、俺の腹にまたがってシャツを脱ぐ。ゆるく波打つ長い金髪が裸の肩にすべる。昔の情景を俺は思い出しそうになって、俺は怒鳴った。
「ミロ!いいかげんにしろ」
「いやか、俺と寝るのが」
 ほの暗い照明に浮かび上がる、淫らな曲線の裸体、腰がゆっくりとうねる、いやだなんて言えるわけがなかった。付き合っている女の顔や身体を思い出そうと俺は必死になったが、ミロはその間にも俺の服を剥ぎ取り、愛撫を繰り返している。すげえでかいな、おまえの。ミロは俺を口に受け入れ、頭を上下させ始めた。なんてことだ、俺は。またおまえとやっちまうなんて。全身を這い上がる快楽を後悔しながら俺が絞りだした声に、ミロは舌を這わせたまま、声を立てずにいやらしいふうに笑う。
「おまえの、そういうところが好き」
「そういう、って」
「貞操観念とか、ともだち、とか、そういうところに気を使うところ」
 ミロが上手なのか、それとも男だから判るのか、俺は瞬く間にいかされてしまった。射精に合わせてミロが強く吸い上げる、俺は思わず声をあげていた。俺に聞こえるくらいの音を立てて、ミロは俺の精液を飲み込んだ。それでも溢れた粘液が口唇から滴る。それを拭う指先、にやりと笑って、よかったろ、とミロが言う。
「次は俺を喜ばしてもらおうかな」
 ミロがジーンズの前を開く。固い布地を腰から引き下ろそうとする、部屋のベルが鳴った。ドアの開く音。カミュだ、俺は血の気が引くのを感じる。
 今帰ったぞ、おまえら。泥酔してても端整な口調は相変わらずだ。どさりと音がして、カミュはベッドに倒れこんだらしかった。ミロはソファの背越しに、おかえりカミュと言う。カミュは低くうなり、アイオリアは?と訊く。その辺にいるよとミロは言った。言いながら下着ごとジーンズを足から抜いている。寝る。おやすみ。明日も早いからな。俺も早く寝るよ。おやすみ。おやすみ。遣り取りの間に、ミロは自分で襞をほぐし、カミュが寝息を立て始めるや、俺のものを臨ませた。
 俺は抵抗し、しばらく沈黙のもみ合いが続いた。大丈夫、ばれないって。それにおまえ、すごい興奮してるじゃん。ミロの言葉に俺は動揺した。一度抜いたのに、俺はもう先端を濡らし始めていた。ミロが腰を沈める。深い吐息。ミロの中は熱く、そこは未だ固かった。何度か腰を浮かせて、その先を試みる。あまりにきつそうなので、俺は指を唾液で濡らして交合している場所をなぞってやった。ゆっくりとミロは身体を揺らしている。俺の指は徐々にずれ、彼の前のほうへと撫で上げるような格好になった。ミロが甘い息を吐く。俺は自発的に彼を愛撫した。俺とつながり、俺を受け入れている薄い皮膚のあたりをゆっくりと撫でる。別の手で乳首のあたりをまさぐる。ミロは嬉しそうに笑い、俺の乳首を舌先で舐めた。

 ミロは全裸でソファにもたれ、大きく脚を広げている。こんなあられもない格好が、こんなにさまになるのはまったくストリッパーかミロくらいなものだろう。俺は彼に跪き、ほとんどためらいもなく陰部を舌で愛撫した。切ない浅い吐息がミロの身体を震わせる。指と舌でその襞を何度も拓く。ふと見上げると、ミロは指を噛んで声を堪えながら、すごく官能的な表情を浮かべていた。俺は彼のそんな表情を見るのは初めてで、俺の愛撫でそんな顔をしてると思うと、すごく興奮したし、同じくらい嬉しかった。ミロの襞は俺の指を何本も受け入れるようになっていた。入れるよ、と言うと、ミロは濡れた睫毛を開いて俺を見つめた。
 いやらしい音を立ててミロは俺を受け入れている。汗に濡れた肌がぶつかる音、ミロは俺を抱き、生娘みたいに押し殺した声で喘いでいる。窓の外には雨が降り続き、雷光が閃いていた。雷鳴。ん、う、と小さく声をあげ、ミロは身体をのけぞらせて射精した。俺は動きを止めて彼の腹の上に散った精液を指に取り、その指で彼の乳首をなぞった。きゅうっと腰が締まり、俺を噛み切る勢いできつくなる。ミロの指が俺の顔を撫でる。また雷鳴。
「カミュがさ、」
 不意にその名を言われて、自分でも俺のものがぴくりと反応するのを感じた。ミロは低く喉を鳴らして笑う。おまえって正直だよな。稲光、近くに雷が落ちたらしい。すさまじい音がした。
「カミュって雷が好きなんだ」
 へえ、と俺は気のないふりをして、ミロの腰に沈めたままのそれを上下させはじめた。ミロも腰をのけぞらせて声を出す。
「雷が、鳴ってるときに、やると、すごい、感じるんだよ、あいつ」
「…変わってるな」
「そうだろ」
 不意に予感が訪れ、俺は思わずうめいた。激しく身体を揺する。行くぞ、ミロ。いいよ、俺の中で出してよ。
「おまえに、抱かれてる、感じが、するんだ、って」
 上りつめるその瞬間のことで、俺は混乱した。俺が抱いてるのは誰だ?射精、頭が真っ白になる。

 ギリシアの、遠い夏の日。
 カミュと俺は組み手をした。俺の打ち込みをカミュは易々と受け流し、だが何とか一本当てるのに成功した。
 おまえの拳は雷のようだ、とカミュは立ち上がりながら言った。雷のようだ、と。

 ミロは消耗し、全裸でソファに横たわっている。俺はタオルを濡らして彼の身体を拭いてやった。ありがとう、と聞こえないような声でミロが言う。
「シャワー浴びろよ。俺は部屋に帰るから」
 頬にキスをすると、ミロの腕が俺の首に回った。
「どう思ったんだ、アイオリア?」
 俺に抱かれながら、おまえのことを考えて悦んでるカミュのことを。俺は目を伏せた。
「俺にはおまえのほうが大事だ」
 俺がカミュと寝たら、おまえが傷つく。だから俺はそんなことはしない。
 ミロは複雑な顔をした。理解できんな。と言った。ずっと前からカミュと寝たかったんだろう?今ならカミュは酔っ払ってるし、俺も今日なら気にしないから。こいつは何を言ってるんだ、と俺はまた混乱した。
 カミュがこないだ、死にそうになっただろう?俺はそのときすごく後悔した。あいつがしたかったことは、全部させてやればよかった。俺と旅行に行きたいとか、猫とか犬とか飼いたいだとか、アイオリアと寝たいとか。俺はカミュのそういう他愛ない希望に、全部すごい反対したんだ。カミュはがっかりした顔をするんだけど、俺はその顔が好きだった。でもカミュの好きにさせてやればよかったって、ずっと考えていた。だから今日おまえがもしその気があるなら。
 俺はミロを抱え上げて、ベッドのカミュの隣に下ろした。
「寝ろ。そういうことは、カミュが決めることだ。それに俺だって限界があるんだよ」
 ミロはまだ何か言っていたような気がするが、俺は構わず部屋を出た。でかい幼児のようなミロを抱え上げたせいで、俺の腰は限界を超えようとしていた。明日起きれるかどうか案じながら、俺は自分の部屋に戻った。

end
2008/02/26

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