つれない、薄情、浮気者。わたしに向けられる、謗りだ。なぜだろう。わたしが――曰く、つれなく薄情で、浮気者のこのわたしが、こんなにもミロを愛し、執着し、溺れているというのに。
おまえを愛している、といくら言ってもミロはわかってくれない。どんな女を抱いても、どんな男と寝ても、次の朝にはミロのことを考えている。目の眩むような美女も、震えが来るようないい男でも。前の晩、燃え上がるような恋情で口説き落とした相手でも、夜が明けたらわたしはミロを思ってしまう。ああ、彼女の髪がもっと明るい金髪だったなら。ああ、もっと違うふうに笑えばいいのに。などなど。
それなのにミロときたら。
小指には、今まさにわたしの贈った指輪。大きなインペリアル・トパーズ、精緻な細工のホワイト・ゴールド。有り金をはたいて買った。薬指に嵌めようとしたら、ちょっとサイズが小さかった。誤算だった。だが小指には嵌まるのだから、まあいいだろう。
愛しているとわたしが言うと、ミロは心が苦しくなるような切ない声でわたしを呼んだ。カミュ、愛してる。俺のほうが、もっと。だから、どこへも行くな。俺のものになれ。
「わたしは、ずっと前からおまえだけの、ものだ」
何度も何度もそう言っているじゃないか。どうしておまえはわかってくれないんだ。ミロはいつものように笑いにまぎれて、そんなの嘘だと言う。
「じゃあどうして、俺を置いて行く。俺でない誰かに、どうして抱かれるんだ」
「誰かに抱かれていても、わたしはおまえのものだ。わたしの男は、おまえだ」
セックスなんて誰とでもできる。だがおまえはわたしを所有している。わたしを所有し、縛り付けておきながら、まだ欲しがるのか。
「俺がどんなに辛い思いをしているか、わかっているというのか。おまえが、誰か他の男に抱かれ、他の女を抱いているとき」
ミロの強く囁く声は、甘く陶然として、罪の告白のようだった。おまえを愛している、俺だけが、おまえだけを、今までに何度も繰り返された言葉。わたしをいつも酔わせる。
「美しいおまえを、苦しめるのがわたしは好きだ」
そう言われるのを、おまえは望んでいるだろう。そしてわたしの本音でもある。
「他の誰からも求められ続けている、おまえが、わたしを思って涙を流すのが、わたしは好きだ」
ミロの頬を掌に包む。不意の嘲笑に傷ついた少年のような表情をして、ミロはわたしを見た。
「おまえは残酷だ」
目をそらす、させるものか。わたしはミロの口唇を奪う。おまえを愛している。ミロの目を覗き込む。おまえを愛している。おまえの空色の瞳、長い睫毛、微笑めばいい、わたしはおまえの微笑が好きだ。おまえを愛している。ミロは涙を流す。わたしは心が痛くなる。わたしはおまえを傷つけてばかりいる。こんなにきれいな男が、美しい微笑みの男が、わたしのことでいつも涙を流す。
そのくせ同時にわたしは嬉しい。
「わたしを思って悲しい夜を過ごすのか、おまえのように美しい男が」
ミロのまなじりを伝う涙に舌を這わせる。
「おまえは屈折している」
ミロはわたしを拒んだ。わたしはミロの左腕を掴んだ。おまえを愛している。
「だからほら。指輪を買った」
ミロの小指、美しい指輪。
「トパーズ。おまえの誕生石だ。おまえを悪いものから護ってくれる」
それだけじゃないんだ、この指輪を選んだのは。淡い赤褐色の貴い石。
「ほら、似ていると思わないか?わたしの目の色と。わたしの瞳の色が、おまえの誕生石の色だなんて、とてもロマンティックだろう?」
わたしの瞳が、おまえから邪悪を遠ざけ、幸運を呼び込む。その思いつきにわたしは夢中になった。それでこんな高価な代物を買ってしまった。わたしは明日から、またシベリアへ行く。わたしが傍にいない間、この指輪がおまえを守るだろう。そう言いたかったが、わたしはミロとキスするのに夢中で忘れてしまった。
目が覚めて、わたしに腕を絡めるようにして眠っているミロを見た。ミロの髪は細くて柔らかい。その髪を撫で、彼の耳朶を柔く噛んだ。もう明日から、おまえに会えないと思うと、わたしは寂しい。つれない、薄情、浮気者。おまえのなじる声が聞けないと思うと、とても寂しい。わたしがいない間、誰か他の男を抱いたりするのか?ああ、知りたくはない。
おまえがただの男だったら、スコーピオンのミロ、とかではなくて、誰でもないようなただの男だったら。わたしはいつも、そう思わずにはいられない。わたしは一生おまえを離したりはしない。他の誰とも寝たりはしないだろう。契りを交わすだろう。だが実際には…。
おまえがただの男なら、わたしはおまえを愛さないだろう。赤い毒針の人さし指、数え切れない人間を屠ってきたその爪、ぎらぎらと輝く黄金の鎧を持たないおまえは、おまえではない。美しい金の髪も、空色の瞳も、淫らな身体も、抜け殻に過ぎない。
わたしはいつでも最高のものが欲しい。半端なもので妥協するくらいなら、ないほうがましだ。天蠍宮の守護者たる高貴な男と生ぬるい夜を過ごすくらいなら、最も安い娼婦と激しく乱れていたほうがいい。だからわたしは、本当に心の底からミロが欲しいときにしか、彼を求めない。それだけミロを愛している。
暖炉の上に指輪の箱を置いた。添えたカードに、愛していると書き加えようとして、わたしはペンを取った。「愛している」、いや。「狂おしいほど愛している」、「おまえなしでは」、…。レトリックを考えているうちに、書き付けた文言は「愛している」とは程遠くなってしまった。「なぜおまえなんだ。おまえでなければもっと事は簡単なのに」。間男の愚痴みたいじゃないか。わたしはよほどひねくれ者なのだろうか?恋人の誕生日に「愛してる」の一言も書けないなんて。
自分の能力のなさに落胆して、わたしは旅行鞄を取り上げた。ミロは眠ったままだ。ミロを起こさないように、わたしは静かにドアを閉めた。雨が降りそうだ。これからわたしはシベリアへ、長い旅に出る。
end
2008/04/08