俺とカミュが出会った頃、カミュは既に群を抜いて強い奴だった。今の彼からはあまり想像がつかないが、同い年の中で一番腕っぷしが強く、誰よりも足が速く、そして最も聖衣に近かったのがカミュだった。
その頃カミュはほとんどギリシア語ができなくて、身振り手振りとつたない英語が彼の言葉だった。一緒に連れてこられた子供たちは、みな多少はギリシア語ができたから、フランス語しか話せないカミュは自然と皆の輪から外れがちだった。エキセントリックな彼は初めから皆と溝があったわけだけども。ある日誰かが彼に手ひどいイタズラを仕掛けたとき、カミュはそいつを見事にぶちのめした。その日からカミュは、少なくとも同い年の子供からは食い物にされることはなくなった。
ある朝、カミュは俺の横に座り、俺の目を覗き込んだ。おまえの中に、こわれた弓を見る。というようなことを英語で言った。俺は意味がつかめず、眉を寄せた。カミュの目ははしばみ色で、とても澄んだ色をしていた。
おまえの中に、こわれた弓を見る。だが、その弓はこわれていない。みんながそれを知っている。おまえは自分の人生を生きなくてはならない。
カミュはそれだけ言うと、にっこり笑い――そんなときは彼も7歳の子供らしく見えた――俺の肩を軽く叩くと、立ち上がって歩いていった。
特に口をきいたこともなかった俺に、なぜカミュがそんなことを言ったのか、俺は今でも不思議に思う。もう少し年月が経って、聖衣を戴いたカミュが聖域に戻ってきてから、俺たちは仲良くなった。なぜ俺にあんなことを言ったのか、とカミュに訊いてみたが、そんなこと言ったっけというのが彼の返事だった。ふうんと興味深げに俺を見て、彼は、その毀れた弓は今もおまえの中にあるのかと訊いてきた。
その澄んだはしばみ色の目を見て、俺は急にあの朝の子供の俺に戻った気がして、うつむいた。毀れた弓。次期教皇とも言われ、輝かしい英雄のようだった兄。聖闘士の最高峰、射手座の黄金聖衣をまとっていた兄。一夜の内に兄は逆賊と呼ばれる者となり、俺の誇りは地に塗れた。俺はその日から逆賊の弟として生きた。それはずっと前のことだったけれども。
カミュの指が俺の頬をつねった。
「いて」
「進歩してないなおまえは!」
言ったっけとか、とぼけていたくせに、カミュは怒って歩いて行ってしまった。
途中で振り返って怒鳴る。
「誇りなら誇り、誇りでないなら切り捨てればいい!煮え切らない男め!」
俺はぼんやりとその後姿を眺めながら、あいつみたいに生きられたらいいなと、漠然と思った。
そのまま木陰で寝転がっていると、荒い足音が近づいてきて、どさりと隣に座った。片目を開けると、はたしてカミュだった。
「言い過ぎた」
構わんよと俺は言った。眠かった。
「煮え切らないところもおまえらしい」
「よく言われるよ」
「でもわたしはアイオロスを信じているから」
聖域のタテマエを、こんなにでかい声で否定する黄金聖闘士がいていいものだろうか?俺はカミュのほうを見上げた。ギリシア語が多少上手になったとしても、カミュはやはり世渡りはヘタだ。そういうことを言うと、カミュは決まって怒るので、俺はそのときも黙っていた。俺の沈黙を同意と取ったのだろう、カミュは、じゃあ帰ると小さく宣言して立ち上がり、今度こそ家のほうへ消えていった。俺はそれを見送って、また目を閉じた。
今思えば、おまえは世渡りがヘタなのだから、もっと上手に歩かなくてはならないと、言ってやるべきだったのかもしれない。
end
2006/11/08