俺おまえのことが好きだったんだぜと言うと、カミュはゴロワーズの煙をゆっくり吐きながら俺のほうを見た。まさか。と言って、軽く笑う。黄金色の瞳を細めるようにして笑う、例の笑い方だ。だって、と続ける。
「だって、おまえはミロのことが好きだと言ってたじゃないか」
「俺は誰が好きだとも言ってないよ」
カミュは小首をかしげた。やがて肩をすくめる。カミュはいつも、記憶をたどるのをすぐやめてしまう。
俺のグラスが空になったのを見て、カミュはバーテンダーの一人に目を遣った。同じのを、と英語で言う。バーテンダーの抑制のきいた美しい物腰をなんとなしに目で追いながら、俺たちは黙っていた。俺の前に新しいグラスが置かれる。新しいグラス、新しい氷、とびきり香りの高いバーボン。これもカミュの好きな銘柄だ。
「おまえと寝たと、ミロが言うものだから。ミロのことが好きなんだと思っていたよ」
ああ、と俺は間抜けみたいに返すしかなかった。
「うん。そういうのとはまた違うんだよ。…判るだろ?」
カミュは軽く頷くようなそぶりをした。ミロという男は、男から見てもくらりとくるような色気があって、当人もそれをよく承知していた。それでミロは、気ままにセックスの相手を選ぶようなことが度々あった――俺が今話している、カミュも奴と同類みたいなもんだが。そして気ままに俺がミロの相手に選ばれ、はずみで寝てしまったこともあった。
「あれからだいぶ経ったな」
カミュの掌でグラスの氷が軽やかな音を響かせる。あれから、というのがどのタイミングを指すのか俺にはよく判らなかったが、俺はそうだな、と軽く相槌を打った。カミュはもう、雀を思わせる小さな少年ではないし、俺も彼に取っ組み合いで負けた小さな少年ではなかった。俺たちはもう無軌道な振る舞いはしない。歳をとるということだろうか。
「もうそろそろ帰ってくるんだろうが、」
カミュの言うのがミロの行動を指すのだと気付き、俺は惚気を聞かされた心持がして、自分をまたもや間抜けに思った。
「まだ少し昔話をする時間があるわけだ」
ちょっとの沈黙。おまえは気付いてないようだがと、いいかげん短くなった煙草をカミュは灰皿に押し付けた。わたしも、おまえのことは好きだったんだよ。なんて真面目な顔をして言うものだから。今度は俺が笑う番だった。
「嘘つけよ」
新しい煙草を口唇にくわえたカミュは、笑う俺を見て、口唇の端のほうでちょこっと笑った。火をつけようとして、ふと振り返る。
「ああ、主役のおでましだ」
振り返ると、店内の視線をヴェールのように引きながら、見慣れた金髪の男が歩いてきていた。いつものような、不機嫌そうな顔だ。いつもと違うのは、めったに見ないスーツ姿。今日は彼を主賓に、ちょっと格式ばった店で食事という計画だった。
「なんだ二人して。俺の顔になんか付いてるか?」
振り返ったままの俺とカミュの顔を眇めて、ミロはカミュの隣に腰掛けながら、マティニ一つと言う。光沢のあるシャツはオリーヴ・グリーンで、ボタンを外した襟許に夜向きの黒いスーツ、明るい金の髪と引き立て合う。指に光る大粒のダイアモンド、きわどい趣味だ、しかし奴のえげつないほどに豪華な美貌には、見事に調和していた。そんなミロの服装を眺め、予約してある店が門前払いを食わせなきゃいいがと俺は思った。
end
2011/06/12